大英自然史博物館展

大英自然史博物館展

見どころ1

科学史を塗り替えた
学術標本

大英自然史博物館が収蔵する標本の中には、科学の歴史を大きく変えたもの、
あるいはその発見に大きな寄与をしたものがあります。
それらは、科学の理論にどのように貢献したかを示す証拠としてだけではなく、
科学がどのように発展したかということも教えてくれます。

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始祖鳥

恐竜か鳥類か。議論を呼んだ化石

1861年、最初の始祖鳥化石が発見されましたが、それはチャールズ・ダーウィンが進化論の発表によって論争を巻き起こし始めてからわずか2年後でした。1868年、ダーウィンの強力な支持者として知られるトーマス・ハクスレーは、始祖鳥によって恐竜と鳥類が進化的につながっていたことを提案しました。部分的には恐竜で、部分的に鳥類という始祖鳥は、進化論の議論の中心的な存在になりました。現生種とその祖先にあたる種の中間的な生物が発見されたのは始祖鳥が初めてのことでした。始祖鳥は最古の鳥類化石であることは今日も変わりません。これまでに10個体ほどの標本が発見されていますが、脳と三半規管の形が復元出来るのはこのロンドン標本だけです。

始祖鳥は、今から約1億4700万年前に生息していた、小型の肉食もしくは昆虫食の生きもので、現代の鳥類のような翼と羽毛をもっていましたが、歯やカギツメ、骨で出来た長い尾は恐竜のようです。CTスキャンによって始祖鳥の脳が3次元復元されたところ、始祖鳥は飛行に必要な視覚、平衡感覚、体性感覚を備えていた可能性が高いことが大英自然史博物館の研究者によって明らかにされました
本展監修者による、より詳しい始祖鳥の解説動画はこちら!

ダーウィンの『種の起源』
直筆原稿とフィンチ

議論を呼んだ「進化論」

これは、過去に書かれた本の中でもっとも影響力のあった本の1冊であるチャールズ・ダーウィンの著作『種の起源』の手稿で、「本能」に関する章の1ページです。彼は自分のアイデアを20年にわたって精緻化させ、1859年に出版しました。種は神による干渉なしに、徐々に、しかも必然的に進化するというそのアイデアは、この時代では議論を呼ぶものでした。その初版は直ちに売り切れました。

ビーグル号が出会ったガラパゴスの小鳥

ガラパゴス諸島のフィンチ類は進化の代表的なモデルです。13種がそれぞれ独特の島の環境に生息し、嘴くちばしの形態が餌資源に対する適応を遂げています。このフィンチはビーグル号の船長だったロバート・フィッツロイが採集し、ダーウィンによって研究されました。ダーウィンは最初多様なフィンチ類をいくつかの鳥類が含まれるものとして、類縁がある単一のグループであることを見逃していました。後にこの間違いに気づき、彼は多様性が形成される過程の証拠としてフィンチ類を認識することとなります。

モア

絶滅した恐鳥、オーウェンが存在を“予言”

リチャード・オーウェンは彼の豊富な解剖学的技能を駆使して、このニュージーランド産鳥類の絶滅種を同定しました。彼はこの生物の1つの骨を調査し、ヒトやカンガルー、ゾウガメに及ぶ14種と詳細に比較することで、巨大な飛べない絶滅鳥類の一部であることを正確に予測しました。4年後、多数の骨が見つかったことで、世界はオーウェンの予測が正しかったことに驚くこととなります。